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じっちゃん

2012.07.17 Tue
まいど。

じっちゃんが亡くなった。

その知らせを聞いたのは、14日の土曜日の夜のこと。

12日に肺炎になって入院して、13日に家族がお見舞いに行き(でも会えず)、
15日に私らが行こうとした矢先のことやった。
何やか嫌な感じがしていたから、早く会いに行きたかったのに、会えなかった。

急のことやけど、悲しいかな、いつかこの日が来ることを知っていたから、
すぅっと心に受け入れることができた。
家族のみんなもそう。悲しいけれど、いつかは来ると思っていた別れの日。

10年ぐらい前に、あと2年の命です、と宣告されたじっちゃんの命。
あれから8年もがんばって生きていた。
先生なんてな、診察に行ったときに、
まだ生きてる!!!とか言われたぐらいやねんて。


日本っておじいちゃん、って言うやん?
ブラジルでは、じっちゃんってみんな言うねん。
最初は、え、じっちゃんですか?ちょっと抵抗があってんけど、
最近では慣れてじっちゃん呼び。もちろんばっちゃんやで。うちだけ?

そのじっちゃんな、15歳のときに単身で日本の福島からブラジルに出稼ぎに来た人やねん。
一人でやで!家族で来たというのはよく聞くけど、一人でって珍しくない?
そんな頼もしいじっちゃん。
いろぉんなこと、やってきた。
農業もしたし、小売店なんかの商売もしたり、子供5人を養うために一生懸命生きてきてん。

でもな、じっちゃんええ話ばっかりやなくて、
いっぱい悪さもしてるねん。
お酒飲んだら、とことん飲んで悪酔い。
飲まないように鍵をかけてても、どういう訳かちゃっかり鍵をあけて飲みに行くじっちゃん。
飲んで大声出して、ばっちゃんに手はあげるわ。
元々私らと同じ町に住んでいたのに、そんな訳で田舎へと隔離されたじっちゃん。

でもいろーーーんな悪さもしてきたじっちゃんやねんけど、
年には勝てんかったのか、それとも田舎が退屈やったのか、
痴呆症がどんどん進んできてた近年。
悪酔いはいかんけど、じっちゃんになーーーーーんもすることがないっていうのはとても酷なことやったと思う。
人に迷惑はかけたらあかんけど、お酒まで取られてしゅんとしてたじっちゃんの姿。
なんか切なかったなあ。体は大事やけど、心をしゅんとさせてまでの健康かなあとも当時思ってた。
掃除用のアルコールをじっちゃんが飲んだって聞いたときは、
ある種じっちゃんのささやかな反抗やなと、私はなんとなく応援したくなったことも覚えてる。

1年ぐらい前までは孫のことは忘れても、
不思議と私のことは覚えていてくれててん。
まりちゃんまりちゃん、って言って、なーーんかいも聞いた出稼ぎの話を聞いた。
で、なーーんかいも聞かれたどこ出身?関西やで。って同じように何回も答えた。
じっちゃんといるのが、ほんまに好きやったな。
日本のこと話できるのもうれしいし、いつも一緒に歌歌っててんで。
はとぽっぽから演歌の北国まで、幅広く一緒に歌ってたな。

私な、痴呆症ってとっても大変なことやと思っててん。
じっちゃんが痴呆症って聞いて、どうなるんやろって怖くもなった。
でもじっちゃんが毎日痴呆症が進行しているのを見て、
人間の自然の摂理を感じたん。

赤ちゃんがお母さんのおなかから生まれて、
赤ちゃんが言葉を覚えて、
赤ちゃんがご飯を食べるのを覚えて、 というように

じっちゃんもご飯が少しずつ食べれなくなって、
じっちゃんが言葉を少しずつ忘れてきて、
そしていつかじっちゃんは自然へと返っていく

痴呆症は悲しいことではなくて、赤ちゃんが成長するように、じっちゃんが赤ちゃんへと戻っていってるだけ
なんやなって思うようになった。
これは賛否両論やと思うけど。
私は人間として生きて、そして土に帰って行くことはとても自然なことやと思う。
じっちゃんが病気やどうしよ!やなくて、じっちゃんがヒデヲのお父さんにしてくれたように、
ヒデヲのお父さんがヒデヲにしてくれたように、お世話してあげたらええねんわって思うようになった。
私がいつか年をとってそうなったら、ヒデヲにオムツかえて欲しいし、
ヒデヲがそうなったら、私がオムツをかえたいと思った。

私のことを忘れてしまった最後の数ヶ月間はとても悲しかったけれど、
それでもじっちゃんが覚えてるはとぽっぽや、
じっちゃんが覚えてる宗教のお題目には驚かされた。
ばっちゃんが最後意識が亡くなる前日まで、毎日お題目を唱えていたって言ってた。

亡くなる前の週は、とてもじっちゃんの調子がよくて、
ばっちゃん、べいじょ(くちづけ)してやろうって言って、
ディープキスをしていたじっちゃん。

冷たくなってしまったじっちゃんは、とても良いすがすがしい顔をしてた。
あまりにも綺麗な顔をしてたから、
ばっちゃんに、じっちゃん、ええ顔してるなあ。って言ったら、
うん、ボニート(かっこいい)やろ?こんなボニート見たことないやって。ふふふ

土曜日の夜はじっちゃんのベッドで大輔と寝かせてもらった。
覚悟していたものの、やはり不在は悲しく、涙が止まらなかった。

でも、またすぐ会えるもんねーーーーー。
ご縁があったんやもの。またすぐ会えるやんね、じっちゃん。
待っててなあ。


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顔がいい

いい顔しとるじいちゃんやね。
人間のなかみは年齢をかさねるごとに
顔にあらわれる。
ヒデヲのじいちゃんの顔
きたないもん何もないね。
わるさの数々ももう洗い流されとら。
じいちゃんなきあとのペットでさみしい思いで眠った
娘のまりんことひ孫のだいちゃんの思い
じいちゃん受け止めてるよ。
いい思い出たくさんやね。
生の重みに合掌。

no subject

じっちゃんも孫の名前よりまりんこの名前を亡くなる数か月前まで覚えて呼んでただなんてよっぽdまりんこの事を可愛がってたんだろうな~って感じたよ❤そんな孫よりも(きっと)可愛い大好きだったまりんこがじっちゃんの事をこうして懐かしく想ってくれてる事に天国で喜んでるに違いないよ!:)

ブラッド・ピッドが少し前に主演した”ベンジャミン”っていう映画を思い出したんだ。知ってる???生まれた時はおじいちゃんの顔で生まれてきてどん2、月日が経つにつれて普通の人達の人生とは真逆で老化していくのではなく”若返っていく人生”。そして最後は赤ちゃんに戻って死んでいく話・・・
まりんこのおじいちゃんの痴呆症の話を読んでこの映画を思い出したよ☆
おじいちゃんも赤ちゃんに戻って土へと帰って行った・・・
本当にこれが自然な事なのかもしれないね人生の原点に帰るって事が・・・

じっちゃん❤
みんなに見守られて幸せだったね♪

ちなみにBatataのおじいちゃんはみんなから”じーちゃん”って呼ばれてたョ~

さびしくなったねー

まりちゃんがしっかりひでおの一家の一員として
がんばってる感じ、ちゃんと自分の居場所を持ってる感じが伝わってきたよ。
じっちゃんの顔『ボニート』ってじまんしてるばっちゃんも素敵だね。
今畜生って思ったこともなんどもあっただろうけどね。

そんで自分のオムツはひでおに、ひでおのオムツは自分が・・・って覚悟決めてるってすごいわー。
わたしなんか自分のオムツはかれんに、ウーゴのオムツはエイトに・・・かも・・・(笑)

Re: ゆきゑちゃん

うん、いい顔してるやんね。
昔の写真を見ると、随分違うんよ。
それはヒデヲも言ってた。
昔はもうちょっとイカツイとげとげした感じやったんよ。

最近の写真は年のせいもあるやろうけど、
とてもまるい感じやんね。

ほんま、まさに生の重み、やね。
じっちゃんね、なーーーんも残さんかったんよ。
例えば財産だとか、家だとか。
ヒデヲとなーーーんも残さんでよかったねっていってたんよ。
ヘタに残すと家族内で争いがあったり、ブラジルってかなり激しいやん?
最近そういうことを聞いたばっかやったから、
じっちゃんなんも残さんでよかったね。家族がみんな集まれてよかったねって言ってたん。
人間ってヘタにモノがあるといかんね。
なんもないほうが家族仲良いわ。

だからヒデヲに家族5人ぐらい作ろっかって言っちゃった。ふふ

Re: じょあにんにゃ

そうやったんやろうね、
日本のことを話しできるのがとても嬉しかったみたい。
神戸から出港してっていう話を痴呆が出てからも鮮明におぼえてたもんね。

見たでー、ベンジャミン。
なんかもの悲しい映画やったやんな。
最後は彼女は亡くなってしまうけど、ブラピは赤ちゃんに戻ってしまうんやんな。

サクちゃん、じーちゃんって呼ぶんや。
ちなみに大輔もじっちゃーーーん、ばっちゃーーーんって呼ぶねんで。ふふ

じょあちゃんも最近じっちゃんを亡くしたとこやったね。
じっちゃんって、家族で集まると特にいっぱい喋るわけではなかったけど、
なんだか大きな穴が空いてるというか、
なにか足らないというか、家族みんなしっくりこなかったな。。。

ばっちゃんはね、涙一つ流してなかった。

Re: belleさん

ヒデヲの一家の一員・・・。
最近ね、本当に家族になってきたなあと思ってる。
嫁姑問題があったときは、本当に仲悪くて行き来もあまりしてなかったけど、
最近はとても仲良いなあ。ありがたやーーー。

それをヒデヲに言ったらね、
みんなはなーんもかわってないって。
私が変わっただけって。
姑はあいかわらずやし、義妹は勝手きままやし。
でも私がよいところを見つけようとしてるから、ちがうように見えるだけって言われた。
文句ばっかり言っていたあの頃。
良いとこ見るようにしたら、こんなにも気持ちが楽になるなんて思わなかった。

ばっちゃんね、今畜生って何回も言ってたぐらいよ。
当たり前やんね、赤ちゃんの世話も一筋縄ではいかんもん。
私も大輔に何回もこんにゃろーーーっておもったもん。
でもばっちゃんは、今畜生って言えるからいいやんね。
ある家庭は周りに人がいなくて、今畜生って言えない人もいるもんね。
それはすごいストレスになるやろうなあって思う。

ふふ、ほんまやね、belleさん、ウーゴのはえいたんに換える様指示してそう・・・。
そして自分はカイピリンニャか何かおしゃれカクテル飲んでそうや。ふふふ

じっちゃん

2年前のお正月、一緒にご飯食べたやんなぁ???
阪神のタイガースの帽子被らされてたの覚えてるでぇ~
じっちゃん、亡くなってしまったんやなぁ…

私の周りにも痴呆症の人結構居るねんで~
ABEさん所のおじぃちゃんは、まだ痴呆とまでは行ってないか…
でも足も弱ってて病院に通ってる。
マーラのお父さんも痴呆症やねん。家族みんな+お手伝いの人で支え合ってるで~
施設には入れたくないんやって。
お母さん、日本の友達に言われるんやって。
「それはブラジルだから出来る事だよ」って。
日本やったら赤の他人なんて誰も手伝ってくれへんやろな~
その介護手伝ってる男の人、私も知ってるけどめっちゃエエ人。
マーラの息子たちがカポエイラやってた時は、いっつもその人が
おじいちゃん連れてカポエラも来ててん。
ブラジルの人、温かいやんな?

じっちゃんも最後まで温かい家族に囲まれて幸せな人生やったやろな♪

Re: じっちゃん

そうそう、ちなちゃんも一緒にご飯食べたやんな?
タイガースの帽子はもちろん私からのプレゼントで、
一緒にじっちゃんに持っておいてもらおうかって話もあったんやけど、
結局その話もなくなったな。

2年前からは随分物忘れもひどくてな、
先々週あたりなんて、楽しく歌を歌っていたかと思った次の瞬間には、
ぼーーーっと一点を見つめるだけで何もしゃべらん、何もせんという時間が一日の大半を占めてたな。
あの瞬間はなんなんやろうなあ、
しんどいからしゃべらないのか、脳の何かの問題なのか。
じっちゃんって言っても、返事もしないぐらいだったんよ。

ちなちゃんの回りも痴呆の方いるんやね。
うん、私もね、ブラジルにいてつくづく良かったなあと思ったで。
みーんな手伝ってくれる、みーーーんな声かけてくれる。
介護って本当に大変なことやと思うけど、
ここブラジルでは勿論大変なことやけど、当たり前のこととしてみんな受け入れてる気がする。
きっとそれはみんながちょっとずつ何かを手伝って、みんなの負担が各々軽くなっているからなんやろうなあ。

じっちゃんね、とても幸せそうやったよ。
最期の顔はとてもきれいな顔をしてた。
不思議とね、冷たかったけれど、硬くなかったんよ。
まるで生きているみたいな骨太のじっちゃんの手やった。
ちなちゃんも含め私らはみんな繋がってるから、またすぐ会える。
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